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仙台地方裁判所 平成7年(行ウ)10号 判決 1998年1月19日

仙台市青葉区中央三丁目五番一一号

原告

株式会社九重本舗玉澤

右代表者代表取締役

近江嘉彦

右訴訟代理人弁護士

鹿野哲義

中川文彦

荒井純哉

小池達哉

仙台市青葉区中央四丁目五番二号

被告

仙台中税務署長 北山太吉

右指定代理人

大塚隆治

粟野金順

佐藤富士夫

高橋藤人

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が、原告に対して、平成四年一二月二五日付でした平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの事業年度の法人税の更正のうち、所得金額一億二〇〇三万二六三一円、納付すべき税額三七九三万八七〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定を取り消す。

二  被告が、原告に対して、右同日付でした右事業年度の法人臨時特別税の更正のうち、課税標準法人税額四一二五万二〇〇〇円、納付すべき税額一〇三万一三〇〇円を超える部分及び重加算税賦課決定を取り消す。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告と株式会社ジフコ(以下「ジフコ」という。)の間の借地権付建物売買の経緯

(一) 原告は、名産菓子の製造及び販売等を目的とする株式会社である。

(二) 原告は、ジフコから、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を建物所有の目的で賃借し(原告の本件土地の借地権を、以下「本件借地権」という。)、右土地上の同目録二記載の建物(以下「本件建物」といい、本件借地権と一括して「本件不動産」という。)を所有していた。

(三) 原告は、その代表取締役である近江嘉彦(以下「近江」という。)に対して本件建物の二階部分の一部を賃貸し(近江の右賃借権を、以下「本件借家権」という。)、近江は家族とともに右賃貸部分に居住していた。

(四) ジフコは、本件土地にテナントビルを建設することを企画し、原告に本件不動産の買取りを申し入れた。右売買は、国土利用計画法(以下「国土法」という。)の対象となる取引であったので、原告及びジフコは、平成三年四月二日付で、仙台市長に対し、本件借地権の予定対価の額を一一億三四〇〇万円、本件建物の予定対価の額を一六〇〇万円とし、「移転又は設定に係る権利以外の権利」の欄に該当なしと記載して、国土法二三条一項に基づく土地売買等届出書(乙一はその写し。以下「本件届出書」という。)を提出した。ところが、同月二三日付で、仙台市企画局土地対策課長名で、届出された額では国土法二四条一項一号の勧告基準に該当するおそれがあるとして、土地に関する予定対価額を一〇億二四六一万七〇〇〇円に変更するように指導する通知(乙二はその写し)があった。そこで、原告とジフコは、同年五月一日、本件借地権の予定対価の額を右通知のとおりに変更する旨の変更申出書(乙三はその写し)を仙台市長宛に提出したところ、同月二日付で、仙台市長からジフコ宛に、本件不動産の売買については国土法二四条一項に基づく勧告はしない旨の通知(乙四はその写し)がされた。

(五) 原告は、平成三年五月二二日、ジフコとの間で、本件不動産を代金合計一〇億四〇六一万七〇〇〇円でジフコに売り渡す旨の借地権付建物売買契約を締結した。右売買の契約書(以下「本件売買契約書」という。乙五の二はその写し)には、代金の内訳として、原告の変更後の国土法に基づく届出額のとおり本件借地権の価額が一〇億二四六一万七〇〇〇円、本件建物の価額が一六〇〇万円である旨の記載がある。そして、ジフコは、同月二三日付で、右契約書の写しを添えた土地売買等契約状況報告書を仙台市長宛に提出した(乙五の一はその写し)。

(六) ジフコは、原告に対する本件売買契約書記載の代金合計一〇億四〇六一万七〇〇〇円の支払に加えて、支払先名義を近江として金九三三八万三〇〇〇円(以下「本件別途支払金」という。)を支払った。

(七) 近江は、本件売買契約に基づいて本件建物を明け渡した後、同契約に先立って原告が取得した仙台市青葉区五橋二丁目三九番一(住居表示・同区五橋二丁目七番九)所在のマンション「グランエクレール五橋一〇三号室」(以下「本件マンション」という。)に居住している。

2  被告が、原告に対してした各課税処分手続の経過

(一) 原告は、平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)の法人税について、法定申告期限までに、青色確定申告書に所得金額及び納付すべき税額を別表1の確定申告欄記載のとおり記載して申告したところ、被告は、同年一二月二五日付で、所得金額及び納付すべき税額を同表の更正処分等欄記載のとおりとする更正処分をし、併せてこれにかかる重加算税の額を同表の更正処分等欄記載のとおりとする重加算税賦課決定処分をした。

(二) 原告は、本件事業年度の法人臨時特別税について、法定申告期限までに、青色確定申告書に課税標準法人税額及び納付すべき税額を別表2の申告欄記載のとおり申告したところ、被告は、同年一二月二五日付で、課税標準法人税額及び納付すべき税額を同表の更正処分等欄記載のとおりとする更正処分をし、併せてこれにかかる重加算税の額を同表の更正処分等欄記載のとおりとする重加算税賦課決定処分をした。

(三) 原告は、(一)及び(二)記載の各処分(以下「本件各処分」という。)を不服として、被告に対して平成五年二月一九日異議の申立てをしたところ、被告は同年五月一九日付でいずれの異議申立ても棄却する旨の決定をした。原告は、同年六月一五日、仙台国税不服審判所長に対し、右各処分について審査請求したが、同所長は平成七年三月一五日付で右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。そこで、原告は、被告が本件各処分をするにあたり、原告の本件事業年度における所得金額は、別表1の確定申告欄記載のとおり金一億二〇〇三万二六三一円を超えるものではないにもかかわらず、これを同表1の更正処分等記載欄のとおり金二億一三四一万五六三一円とし、右金額を基礎として納付すべき税額及び重加算税額を算出した違法なものであると主張して、本件訴訟を提起した。

二  争点

本件の主たる争点は、本件別途支払金が本件不動産の売買代金の一部として原告に支払われたものか、立退料として近江に支払われたものか及び後者の場合にこれが損金として認められるかである。

三  被告の主張

1  本件別途支払金の性質及び帰属について

本件別途支払金は、近江個人に支払われた外形をとっているものの、ジフコが近江個人の預金口座に入金した右金員は、原告に対して支払われた本件不動産の売買代金の一部であって、本件不動産の譲渡価額は、本件契約書記載の代金一〇億四〇六一万七〇〇〇円と本件別途支払金との合計額である一一億三四〇〇万円である。

(一) 原告、ジフコ及び近江の間に、本件不動産の売買に当たって近江に立退料を支払うとの合意が真実あったものと認めることはできず、原告らは、国土法に基づく指導を奇貨として、本件不動産の売買代金の一部を立退料名目で近江に受領させることによって、譲渡所得の圧縮を図ったことは次の点から明らかである。

(1) 原告とフジコは、本件不動産の売買の交渉段階ですでに本件借地権の価額を一一億三四〇〇万円、本件建物の価額を一六〇〇万円とすることに合意し、ジフコは、国土法に基づく届出に先立つ平成三年四月一日、原告の要請により手付金として金一億五〇〇〇万円を支払っていた。

(2) ジフコは、本件売買契約書の作成と同日の平成三年五月二二日付で、原告に対し、同契約書記載の代金とは別に本件別途支払金の支払義務がある旨の確約書(以下「本件確約書」という。乙六はその写し)を差入れ、この金員を本件売買契約書記載の売買代金の残金支払時に全額一括して支払い、その支払名目は別途原告と協議して定め、本件確約書に定める事項は互いに秘密事項として扱うものと約した。

(3) 原告とジフコは、国土法の届出に際し、本件届出書の「土地に存する工作物等に関する事項」の「移転又は設定に係る権利以外の権利」の欄に「該当なし」と記載して、本件建物について所有権以外の権利を有する者はない旨を明記した。本件売買契約書にも、ジフコが近江に対して立退料を支払うといった記載は一切なく、かえって本件売買契約書三条二項によれば、原告に本件土地の引渡しに先立って近江を本件建物から退去させる責任がある旨が明記され、これを前提に、原告とジフコは本件不動産の価額を合意したものである。

(4) 原告は、近江とその家族を本件建物の居住部分から退去させるためにあらかじめ本件マンションを取得して同人らの移転先を確保し、近江らの転居に係る作業についても原告が手当てしたうえ、権利金・敷金さえ徴収しないで本件マンションについて賃貸借契約をし、近江らの居住の用に供しているのであって、これらの措置に加えて、近江に立退料を支払うべき必要性も合理性もない。

(二) 仮に本件別途支払金が、原告が近江に支払うこととした立退料をジフコが代わって直接支払ったものとしても、前記(一)(3)のとおり近江を本件建物から退去させる責務は原告にあったから、これは本件不動産の売買代金の一部であり、本件不動産の売買代金を総額金一一億三四〇〇万円として計上し、そのうえで本件別途支払金について原告が近江に支払う立退料として損金性を有するかどうかが問題となるにすぎない。

2  本件課税処分の適法性について

(一) 更正処分

(1) 法人税について

本件別途支払金が、本件不動産の売買代金の一部であって原告の本件事業年度の所得金額に含まれる以上、被告が原告に対してした前記一2(一)の更正処分に係る所得金額は、原告の本件事業年度の所得金額の範囲内であるから、右更正処分は適法である。

なお、仮に原告が近江に対して立退料の名目で金九三三八万三〇〇〇円を支払うものとし、これをジフコが原告に代わって直接近江に支払ったものとしても、前記1(一)のとおり、原告には近江に対して立退料を支払う理由も必要性も認められないから、右金員に損金性は認められず、これは、原告から近江に対して支給された役員賞与(認定賞与)と認定せざるを得ないから、損金には算入されない(法人税法三五条)。

(2) 法人臨時特別税について

前記(1)と同様、前記一2(二)の更正処分に係る課税標準法人税額も、原告の本件事業年度の課税標準法人税額の範囲内であるから、右更正処分も適法である。

(二) 重加算税の賦課決定処分

原告は、本件不動産の実際の売買代金額が一一億三四〇〇万円であるにもかかわらず、これが一〇億四〇六一万七〇〇〇円であるように仮装して法人税等の確定申告書を提出したものであるから、このような行為は、国税通則法六八条一項所定の「隠ぺいし、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出したとき」に該当し、被告が右規定に基づいてした一2(一)及び同(二)の各重加算税の賦課決定処分は適法である。

四  原告の主張

1  本件別途支払金の性質及び帰属について

(一) 本件別途支払金は、本件借家権喪失の対価として、本件不動産の売買代金とは別個に近江に支払われたものである。すなわち、近江は、当初から本件売買の目的物が原告の借地権付建物及び近江の本件借家権の両方であることを認識し、その合計額を売買代金として、原告代表者及び個人の両方の資格で売買交渉に当たっていた。原告とジフコが本件届出書に本件借家権が存在することを記載しなかったのは、ジフコとの関係では原告が所有権の妨げとなる権利又は負担を取り除くとしていたからであり、ジフコは、原告がジフコから受領する売買代金の内近江に対して支払うべき立退料部分九三三八万三〇〇〇円を近江に対して直接支払ったに過ぎない。

(二) 仮に本件別途支払金がジフコとの関係では本件不動産の売買代金の一部とみなされて原告の所得に含まれるとしても、後記2のとおり、これは本件借家権消滅の対価として必要かつ相当な支払であるから、不動産所得の基因となっていた建物の賃借人を立ち退かせるために支払う立退料として、所得税基本通達三三―二三によって不動産所得の必要経費となり、損金性を有するものである。

2  本件課税処分の違法性について

本件別途支払金は、前記1のとおり真実近江に対する立退料として支払われたものであり、仮にこれが本件不動産の売買代金の一部として見られるとしても、必要かつ合理性のある支払であるから損金性を有する。本件課税処分は、これらの前提を誤ったものであるから、取り消されるべきである。

(一) 近江の本件借家権は、原告がジフコに対して本件建物を売却したときに消滅したのであるから、その消滅の対価である借家権相当額が近江に帰属するのは当然である。近江が原告の代表者だからといって、法人格が異なる以上、立退料を支払わなくてもよいということにはならない。借家人が借家契約の終了に際して受領する立退料には、<1>借家権消滅の対価、<2>借家を明け渡すことによって借家人が被る損失をてん補する意味を持つもの、<3>立退き補償の性質を有するもの、<4>引越費用の負担の意味をもつものの四つの性質があるが、近江が原告から転居に当たって受けたと主張する利益は、<2>ないし<4>の性質を持つにとどまり、<1>の支払を不要とするものではない。

(二) 本件で近江に対して支払われた立退料の金額は、本件借地権価額を主とする本件建物の売買代金、本件建物の所在場所、借家契約の目的及び必要性、建物の利用状況、本件土地及び本件建物の各賃料額、借地権割合及びこれに対する借家権割合等の事情を総合的に検討して原告と近江との間で合意したものである。近江が受領した金額九三三八万三〇〇〇円は、本件不動産の譲渡価額一一億三四〇〇万円を本件土地の賃料(月額金一二万九〇〇〇円)と本件建物中近江が賃借していた部分の賃料(月額金一万五〇〇〇円)で按分した金額や、全国的標準として借家権価格が借地権価格の三割とされていることと比較しても、これらを下回るものであり、借家権消滅の対価としての立退料として妥当である。

第三争点に対する判断

一  第二の一の争いがない事実等に、証拠(甲一五、乙一ないし四、五の一・二、六、七の一・二、八ないし一〇、一三ないし二〇、二一の一ないし三、二二の一ないし三、二四、二五、証人安藤、同本舘、原告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、本件土地を建物所有の目的で賃借して右土地上に本件建物を所有し、これを主として店舗として利用するとともに、近江に対して本件建物の二階部分の一部(二階全体の八割程度)を賃貸し、近江は家族とともに右賃貸部分に居住していた。右賃貸部分は、昭和二六年ころから昭和五九年七月までは原告の前代表者で近江の父である近江逸郎が、同人の死亡した同月以降は近江が賃借しており、賃料は昭和五四年ころまでは月額一万円、それ以後は月額一万五〇〇〇円であった。

2  ジフコは昭和六二年ころから本件土地とその隣接地とを合わせた合計約四六〇坪の開発を計画して、昭和六三年九月二九日に本件土地を取得し、さらに本件不動産を取得するために日本土地開発株式会社の代表取締役である黒田正義の仲介で原告との間で売買の交渉を始めた。黒田からジフコに対し、原告は、売買代金の総額が最低でも本件土地の更地の一坪当たりの時価三〇〇〇万円に借地権割合の七〇パーセントを掛け、これに本件土地の面積約五四坪を乗じた一一億三四〇〇万円でないと本件不動産の譲渡には合意できないと言っている旨が伝えられ、ジフコは、開発計画地域内の土地の一部の買収をすでに済ませていたために本件不動産を買収しなければ開発計画が頓挫してしまう可能性があったことから、右提示金額に基づいて、前記第二の一1(四)のとおり、本件借地権の予定対価額を一一億三四〇〇万円、本件建物の予定対価額を一六〇〇万円として、本件届出書を提出した。原告から本件届出書を提出する条件として、原告から先に手付金を支払ってほしいとの希望があったため、ジフコは、右提出に先立つ平成三年四月一日、手付金一億五〇〇〇万円を同社の営業部長であった本舘武志が日本債券信用銀行仙台支店振出の自己宛小切手を近江に交付して支払った。

3  第二の一1(四)及び(五)のとおりの経過で、原告とジフコは、本件届出書に記載した本件借地権の予定対価の額を一〇億二四六一万七〇〇〇円に減額する旨の変更届をし、仙台市長から不勧告通知を受けたうえ、これに沿った内容の本件売買契約書を作成した。この過程で、黒田を介し、原告からジフコに、原告が売買に応じる最低額としていた一一億三四〇〇万円と、本件売買契約書記載の代金総額との差額金九三三八万三〇〇〇円の支払義務がジフコにあることを明確にするように求めたため、ジフコは、これに応じて右売買契約書の日付と同じ平成三年五月二二日付で、原告宛の本件確約書を差し入れた。本件確約書では、原告に対して本件不動産の譲渡価額の支払のほかに金九三三八万三〇〇〇円の支払義務があることを確認し、右金員を本件不動産の売買代金の残金支払時に全額一括して支払うことが記されていたが、これが近江に対する立退料として支払われるものであることを示す記載はなかったばかりか、かえってその支払名目は別途協議して決め、右確約書で定める事項は互いに秘密事項として扱う旨が記載されていた。

4  ジフコは、同年七月一五日、額面八億九〇六一万七〇〇〇円と九三三八万三〇〇〇円の自己宛小切手を近江に手渡し、前者については本件不動産の売買代金として受領した旨の原告名の、後者については移転費用として受領した旨の近江個人名の領収証の交付を受けた。これでジフコが本件不動産売買に関して支払った金員の総額はすでに支払った手付金一億五〇〇〇万円と合わせて金一一億三四〇〇万円となった。この間、近江が本件建物を明け渡すことに対してジフコないし原告が立退料を支払うとの話は一切出ていなかった。

5  他方、原告は、近江とその家族の移転先として本件マンションを購入することとし、前記2の手付金の受領に先立つ同年三月二〇日の取締役会で長期の住宅ローンを利用するために本件マンションの取得名義人を近江個人とすることを決定し、同月二九日売主である株式会社堀内コーポレーションとの間で売買代金を金八五〇七万二〇〇〇円とする土地付区分所有建物売買契約を近江名義で取り交わして本件マンションを買い受けた。本件マンションの内装工事、火災保険、不動産登記手続、固定資産税及び都市計画税の負担、株式会社七十七銀行に対する住宅ローンの返済も原告が負担しているが、すべて近江個人名義で処理されている。

6  原告と近江は、同年七月一日付で原告を貸主、近江を借主、賃料を月額金四〇万円とする本件マンションの賃貸借契約を締結したが、これに際して権利金・敷金等の授受はなかった。近江は同月一三日に本件建物の同人家族らが居住していた部分を明け渡して本件マンションに転居し、以後その家族ともども本件マンションに居住しており、原告はその賃料を近江の取締役報酬と相殺する形で徴収している。

以上の認定に対し、原告代表者の供述及び甲第一五号証中には、交渉の当初から本件借家権に見合う価格を立退料として支払うことをジフコも了解していたかのような部分がある。しかし、右交渉に当たった本舘証人はこれを否定しており、当初からそのような話があったのであれば本件確約書にその旨明記されてしかるべきであるにもかかわらず、本件確約書には何らその旨の記載がなく、かえって本件別途支払金の名目は別途協議して定め、これについては秘密事項とする旨が記載されているうえ、原告代表者は、前記のとおり原告の求めに応じて作成されたことはその記載内容からも確かな本件確約書についてあいまいな供述に終始していることに照らして、前記部分は採用し難い。

二  本件別途支払金の性質及びその帰属について

1  本件売買契約書の締結と同日で作成された本件確約書は、ジフコから原告に宛てて本件売買契約書記載の代金と別途に本件別途支払金の支払義務があることを確認したうえ(1項)、その支払については、「本件売買契約四条の売買代金残金支払時に、全額一括支払します。」(2項一)「前号の支払金の名目については、別途貴社と協議して決めるものとします。」(同項二)と定め、さらに「本件確約書に定める事項については、互いに秘密事項として取扱うものとします。」(同項四)と記載している。これらの記載内容からすれば、原告及びジフコは、本件借地権の売買代金額を仙台市からの通知に従った額に表向き変更したようにしながら、実際は、当初原告から最低限の金額として呈示された総額一一億三四〇〇万円を支払うこととし、そのうち一六〇〇万円は、建物の代金として支払うこととしたところ、その余の九三三八万三〇〇〇円については、どのような支払名目にするか右時点では決まっていなかったものの、両当事者とも差額が売買代金の一部であると認識していたので、ジフコが原告に支払う義務があることさえ確認しておけば足りたため、本件売買契約書の締結時点では支払名目を決めることをしなかったもので、原告もジフコも、本件別途支払金が本件不動産の売買代金の一部と認識していたことが窺われる。そして、このような取扱いが、国土法引いては税法上虚偽の届出をする結果となり当事者ともに不都合であることを認識していたからこそ、これを秘密事項とすることを約したものと認められ、他にこれを秘密としなければならないような必要性は証拠に照らしても見当たらない。仮に、原告が主張するように、原告とジフコが当初から近江に立退料を支払う必要性を認識していたとすれば、本件届出書に本件借家権の存在を記載するのが自然であるうえ、わざわざ本件確約書で本件別途支払金の性質について後日協議して定めるといった不明確な定め方をするはずはない。もっとも、ジフコは、本件別途支払金について「移転費用」と記載した近江個人名義の領収証を特に異議を述べずに受領し、右記載に従った経理処理を行ったことが窺われる。しかし、本舘証言によれば、本件不動産の売買に関する交渉の当初から原告の責任で近江を本件建物から退去させることが前提となっており、現に本件売買契約書においても、その旨が明記されていたうえ、本件土地一帯の開発のため他に買収した不動産についても借家人が居住していた例はあるが、ジフコから借家人に立退料を支払ったことはないというのであるから、先のような対応、処理は、ジフコとしても、本件別途支払金の授受が国土法の潜脱となることを認識していたため、これを取り繕う便宜上したにすぎないと認めるのが相当であるから、これをもって、事実近江に対する立退料として本件別途支払金を支払ったものと見ることはできない。

2  次に、原告と近江との間で、立退料支払の合意が真実あったかについて見るに、原告は、本件売買契約書の締結はおろか、手付金の支払にも先立って、あらかじめ近江とその家族の転居先として本件マンションを代金八五〇七万二〇〇〇円で購入し、これを近江に賃貸する形式をとっていることは前記認定のとおりである。しかして、本件別途支払金が真実近江に対する立退料であれば、近江個人が右金員を資金として本件マンションを購入するのが通常と思われるにもかかわらず、原告が、本件マンションの買主の名義を近江個人としながらも、実際には原告の所有に属するものとして、近江に賃貸するという取扱いをしていること自体、原告がその責任で近江を立ち退かせるという本件売買契約書の約定を前提としたうえ、本件別途支払金は、近江ではなく原告に帰属すると認識していたためであると考えられる。現に、原告は、本件マンションを近江個人名義で購入することについては、取締役会決議をしているのに対して、近江に立退料を支払うことについて同様の決議がされた形跡はない。

加えて、本件では、本件マンションへの移転の前後で近江に立退料の支払を受けるべき損失が実際上生じたとは認め難く、この観点からも、原告と近江との間に立退料支払の合意があったとは認められない。すなわち、本件マンションの購入に当たっては、購入代金の返済のための住宅ローンの返済を初め、その内装工事、火災保険、不動産登記手続、固定資産税及び都市計画税等すべてを原告が負担しており、近江に賃貸するに当たっては敷金や権利金等も取っていない。また、原告代表者によれば、近江が本件マンションに移転するときの家財道具類の運搬は、箪笥等を専門業者に依頼したほかは原告の従業員を利用したり友人の手伝いにより行ったというのであるから、移転距離が近いこともあり経費はさほどかからなかったことが推認されるし、近江とその家族が右移転によって特段生活に不都合を来したような事情もない。

もっとも、近江が原告に対して支払っていた賃料は、本件建物に居住していたころは月額金一万五〇〇〇円であったのに対し、本件マンションについては月額金四〇万円と増額されており、一見近江が本件建物を明け渡したことによって立退料の支払による補償を受ける必要があるだけの損失を被ったかのように見えなくもない。しかし、証拠(甲一五、乙一四)によれば、本件建物は昭和二六年ころ建築された築後約四〇年にも達する木造建物であり、近江が専有していた面積は二階六九・八一平方メートルのうちの約八割(約五五・八四平方メートル)にとどまっていたのに対し、本件マンションは、平成二年一二月ころに竣工した鉄骨鉄筋コンクリート造及び鉄筋コンクリート造の新築マンションで、専有面積が一一九・二〇平方メートルと本件建物において近江が専有していた面積の約二倍以上に及ぶうえ、専用庭九九・〇〇平方メートルが併設されており、建物の構造、築年数、専有面積等に格段の差があるから、この程度の月額賃料の差が生じることはやむを得ない。しかも、証拠(乙一八、乙二一及び二二の各一ないし三)によれば、近江が本件マンションに移転する前の平成二年四月一日から平成三年三月三一日と、移転後の平成三年四月一日から平成四年三月三一日までの各事業年度を比較して、近江本人の役員報酬・賞与が年額一一三五万円から一二二〇万円に、その妻で取締役である近江泰子のそれが五八二万八〇〇〇円から八五〇万円に増額されており、増額分を合計すると三五二万二〇〇〇円となる。また、原告が支払うべき本件マンションの住宅ローンの返済額が月額約六五万円であるのに対し、近江が原告に支払うこととされている賃料は四〇万円にとどまっている。以上の点から、実質的にはこれらの措置によって賃料増加分は埋め合わされているということができ、賃料の面においても、近江に特段の負担は生じていないというべきである。

3  以上のとおり、近江とジフコないし原告との間で、近江に立退料を支払うとの合意が真実存在していたとは認められないし、本件マンションの購入等の措置に加えて、近江が本件建物から立ち退くことについて金銭的補償をしなければならないような事情も見当たらない。したがって、本件別途支払金は、近江に対する立退料として支払われたものと認めることはできず、ジフコが原告に対して支払った本件不動産の売買代金の一部として支払われたものであり、原告らは、これが近江に対する立退料であるかのように仮装したものにすぎないと認めるのが相当である。

してみれば、本件別途支払金が本件売買代金の一部であることを前提として、これを原告の所得としたうえ、損金に算入しないこととし、さらに第二の一2(一)の原告の確定申告書の提出が、税額等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい又は仮装し、隠ぺい又は仮装に基づき納税申告書を提出したものと判断して被告が行った本件各処分は、いずれも適法というべきである。

四  結論

以上の次第であるから、原告の請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(平成九年一〇月二七日弁論終結)

(裁判長裁判官 信濃孝一 裁判官 瀨戸口壯夫 裁判官 三宅康弘)

物件目録

一 仙台市青葉区中央三丁目八番一

宅地 五三二・五六平方メートル

のうち一七八・五二平方メートル

二 同所八番地一

家屋番号 八番一の三

木造瓦葺二階建店舗兼居宅

床面積 一階 一四四・一九平方メートル

二階 六九・八一平方メートル

別表1

<省略>

別表2

<省略>

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